11月19日は、国連が定めた「世界トイレの日」らしいです…。
そんな日があるんですね。
インドでは、下水管の清掃を素手で人力で行っており、年に数百人の人が酸欠で亡くなっているそうです。過去3年間で1300人以上の人が亡くなっているという悲惨な状況です。
マスクも防護服も着ず、素手で下水管にたまった汚物をかき出す事が多いため、「手作業の清掃人」と言われているとのこと…。
年に数百人もの命が失われているのに、あまり改善がされていない事に驚きを感じます。
インドには、ヒンズー教に基づく身分制度カースト制度が非合法化されたものの、まだ、根強く残っています。
その最下層の人が下水管の清掃に携わっておると見られており、人の命が軽んじられているようです。
私も下水や汚水の清掃に携わっているわけですが、たまたま、日本という国でこの仕事についており、インドに比べれば安全な作業環境である事に感謝しなければならないと思いました。
実は、産業労働別に見ると、弊社の業務は清掃業に分類されます。清掃業は、労災事故が多い危険業務です。建設業よりも死亡事故率が多くなりつつあります。
実は、ゴミ収集は、作業員に事故が多い業種です。その事故の原因は、分別がなされていない事に多く起因します。
街を綺麗にするという目的の中で私たちは働いています。
自分で言うのもなんですが、とても大切な仕事であり誇りを持っています。
ただ、残念ながら、廃棄物はいらない物であり、いらない不要となった物に対する廃棄に関するルールは守られておらずズサンであります。
ルールが守られていない結果、街が汚れ、最悪の事態としてその作業に携わる者が事故に巻き込まれる事もあります。
下水管の清掃やごみ収集業務は、無くてはならない業務です。あまりに事故や怪我が多くなると、従事する者がいなくなります。廃棄物の処理がストップする事になれば街の環境はとても悲惨な状態になります。
そんな事を世界トイレの日のインドの事情から考えさせられました。
ちなみに、日本には、昔は士農工商(穢多非人)という身分制度がありましたが、私たちの本来の仕事、し尿の取り扱いは、し尿が肥料として売り買いされていた為、身分のしっかりした者しか、従事できなかったと言われております…。