社長になってから、すでに10年はとっくに過ぎてます…。
私の社長としての大切な仕事として、週初めと月初めの安全祈願があります。ずっとやってきました…。
一宮市は、読んで字のごとく、一の宮です。これは、尾張國の一番の宮(神社)が真清田神社だからです。もちろん各地域に一の宮は存在します。
愛知県だと、格式的には、別格として名古屋の熱田神宮、国府所在地であった稲沢の国府宮がありますが、名古屋市を含んだ尾張の一の宮は、一応、一宮市の真清田神社となっております。(尾張の國は、一宮市の真清田神社が一の宮、犬山市の大縣神社が二の宮、名古屋市の熱田神宮が三の宮となっております。)
実は、私が生まれた生家は、真清田神社から徒歩10分もかからず、私の産土神社も真清田神社なのです。
社員の生活を守り、地域社会において重要な仕事を担う会社の社長という重責を与えられてから、私は、週初めと月初めに真清田神社に安全祈願をしに行くことがルーティーン化されておりました。
未熟な私は神頼みなのです…。
おかげさまで、様々な問題や課題を乗り越えて現在の私、そして会社があるのですが…。
少し前から、真清田神社には、行っておりません…。
信仰心を失ったわけではありません…。何故なら、もともと信仰心はそこまで強くありませんが、藁にもすがる思いで安全祈願を続けてきました。
今、真清田神社に行ってないのは、近い身内に不幸があったからです…。
余談になりますが、普段、ドライで弱みを見せない私なのですが…。葬儀は誰よりも号泣してしまいました…。
亡くなったのは、私の妻の母親です。最期の時に、棺に子どもたちが花を入れている姿を見た時、何故か、涙が溢れて止まらなくなりました…。
この時、私にも、まだ、人としての感情は残っているんだな…。と、思ったのは内緒です…。
そういった訳で、現在、神社には足を踏み入れておりません…。
これがですね…。
とても落ち着かないのです…。
今まで、ずっと繰り返し継続してきたルーティーンを破るわけですから…。
神様は、不浄(死)を嫌うので、親しい人が亡くなった場合は、足を踏み入れてはならない(禁忌)な訳ですが…。
これは、一体、誰が決めたんでしょうかね…。
人には、普通に寿命というものがあります。人が亡くなるという事は自然な摂理です…。
しかしながら、昔からのしきたりで、神社に行くことはできません…。
正直に言いますと、モヤモヤします。
そして、普段からのルーティーンである安全祈願ができない事が落ちつきません…。
再来週には、49日(神道では50日)が終わるので、この問題からも解決されるわけですが…。
私の親も高齢ですし、妻の父親も高齢です…。
それに高齢者じゃなくても、親しい人が亡くなることはあります…。
この風習は、何とかならないもんなんでしょうかね…。
本当に、モヤモヤして落ち着かないです…。